ソクラテスの「無知の知」とは。「知っているつもり」にならない人が、いちばん賢い?

目次
友だちに聞かれます。「ねえ、"エモい" って、どういう意味?」
「えっと、それは……なんか、こう、ぐっとくる感じ?」
ふだん何気なく使っている言葉なのに、いざ説明しようとすると、うまく言えない。使えているから分かっているつもりでいたけれど、本当は分かっていなかったのかもしれません。じゃあ、「本当に分かっている人」はいるのでしょうか。
2400年以上前、この問いを本気で確かめて回った人がいます。古代ギリシアの哲学者、ソクラテスです。「無知の知」と呼ばれる考え方は、その話から生まれました。
「あなたが、いちばん賢い」と言われたら?
もし、だれかに「あなたが、この国でいちばん賢い」と言われたら、どうしますか。
うれしい気持ちより先に、「いや、そんなはずはない」と首をかしげる人が多いでしょう。
ソクラテス(紀元前469年ごろ〜紀元前399年)に起きたのが、まさにそれでした。
ソクラテス自身は、本を1冊も書いていません。その姿は、弟子のプラトンなどが書いたものから伝わっていて、この記事で扱うのは、プラトンの『ソクラテスの弁明』に描かれたソクラテスです。
ソクラテスの友人カイレフォンが、デルフォイにあるアポロンの神託所へ行き、こう尋ねました。
「ソクラテスより賢い者は、いますか」
答えは、「いない」でした。
ソクラテスは困ってしまいます。自分には、大きな知恵も小さな知恵もないことを、よく分かっていたからです。
自分より賢い人を、1人見つければいい
自分より賢い人を1人でも見つければ、それを持って、神に反論しに行ける。そう考えたソクラテスは、賢いと評判の人たちを順に訪ねていきます。政治家、詩人、そして職人です。
最初は政治家でした。ところが話してみると、その人は、自分が分かっていないことについても、分かっているつもりで話していました。ソクラテスは、こう考えます。
彼は何も知らないのに、知っていると思っている。私は、知らないし、知っているとも思わない。この点で、私のほうが、少しだけ勝っているようだ。
he knows nothing, and thinks that he knows; I neither know nor think that I know. In this latter particular, then, I seem to have slightly the advantage of him.
得意なことがあると、ほかのことまで分かった気になる
ある分野ですごい人が、専門外のことにまで、自信たっぷりに答えている。そんな姿を、見たことはありませんか。
ソクラテスが次に訪ねた詩人たちが、まさにそうでした。自分の作った詩の意味を尋ねると、その場にいたほとんどの人のほうが、詩人本人よりうまく詩について語れたほどです。それなのに詩人たちは、詩が作れることを理由に、ほかのことでも自分たちがいちばん賢いと思い込んでいました。
最後は職人です。職人たちは、たしかに自分の仕事をよく知っていて、ここはソクラテスにはかなわない所でした。でも腕がいいからこそ、ほかのいろいろな大事なことまで分かっていると思い込んでいた。詩人と同じまちがいです。
「いちばん賢い」と言われた、本当の理由
いろいろな人を訪ねたあと、ソクラテスは神託の意味にたどり着きます。
ソクラテスは知らない。でも、知らないことを知っているとは思わない。ほかの人は、知らないことを知っていると思い込んでいる。その違いだけで、ソクラテスは「いちばん賢い」と言われたのでした。
ソクラテスは、神託の意図をこう受け取っています。本当に賢いのは神だけで、人間の知恵にはほとんど価値がない。神はソクラテスを例にして、それを示したのだ、と。そのうえで、ソクラテスのように、自分の知恵には本当は何の価値もないと知っている者こそが、人間の中でいちばん賢いと続けます。

賢い人に恥をかかせ続けたら、どうなる?
人前で「あなた、本当は分かっていないよね」と言われたら、いい気はしません。
ソクラテスの「確かめて回る」行動は、相手にとってはまさにそういうものでした。ソクラテス自身も、この探究のせいでたくさんの敵ができた、と語っています。
紀元前399年、ソクラテスは裁判にかけられます。スタンフォード哲学百科事典によると、罪状は、国の神々を信じないことと、若者を堕落させることでした。『ソクラテスの弁明』は、この裁判でソクラテスが自分の身の潔白を語った「弁明」の言葉として、プラトンが書いたものです。その中でソクラテスは、自分が負った敵意こそが、もし自分が滅ぼされるなら、自分を滅ぼすものになるだろう、と語っています。
ソクラテスは、この裁判で死刑を言い渡されました。
長い話が、短い標語になって広まるとき
映画やアニメの名セリフが、実際のセリフとは少し違う形で覚えられていた。そんな経験は、ありませんか。長い話や場面の中の言葉は、短く言いやすい形にまとめられて広まっていくことがあります。
「無知の知」も、その1つかもしれません。『ソクラテスの弁明』には、「知らないことを、知っているとは思わない」(政治家の場面)や、「自分の知恵には本当は何の価値もないと知っている者が、いちばん賢い」(神託の結論)という言葉が出てきます。「無知の知」は、こうした話を、4文字にまとめた標語です。
ただ、この標語には、研究者からの指摘があります。日本で古代哲学を研究する納富信留は、著書『哲学の誕生 ソクラテスとは何者か』で、日本で広まった「無知の知」という標語は、歴史の歪みから生まれた誤解だと論じています。どこで、どう歪んだのかは、この本で詳しく論じられています。
4文字の標語だけで覚えるより、政治家の場面の言葉といっしょに覚えておくと、ソクラテスが何をしていたのかが、見えやすくなります。
今日の会話で、「知っているつもり」に気づけるか
ソクラテスの話は、2400年前の遠い話ではありません。会議でうなずいたけれど、あとで考えたらよく分かっていなかった。検索して読んだだけで、分かった気になっていた。そんなことは、だれにでもあります。
次に何かを「分かった」と思ったら、それを人に説明できるか、試してみてください。説明できなかったら、そこが「知っているつもり」だった所です。
まとめ
- ソクラテスが「いちばん賢い」と言われた理由は、知らないことを、知っているとは思わないことだった
- 「分かった」と思ったら、人に説明できるかを試してみる
「エモいって、どういう意味?」にうまく答えられなくても、恥ずかしいことではありません。「知っているつもりだった」と気づけた瞬間が、考え始めるいちばんいい入口です。
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「分かったつもり」だったと気づいた経験を、教えてください。
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